速さを手放した人は、強い。木工作家・小野寺湊の工房で過ごした一日が残したのは、その確信だけだった。彼は木を三年乾かし、一日に三時間しか刃物を握らない。それでも——いや、だからこそ——彼の家具は十年先まで予約で埋まっている。
速さを手放した人は、強い。木工作家・小野寺湊の工房で過ごした一日が残したのは、その確信だけだった。彼の家具は十年先まで予約で埋まっている。
盛岡の郊外、線路沿いの細い道を上がった先に工房はある。引き戸を開けると、まず匂いに迎えられた。削りたての栗の木の、少し甘い匂い。壁一面の棚には、荒く製材された板が年代順に眠っている。「いちばん奥は、まだ誰の家具になるか決まってない子たちです」と小野寺は笑う。
盛岡の郊外、線路沿いの細い道を上がった先に工房はある。引き戸を開けると、削りたての栗の木の甘い匂いに迎えられた。
朝の三時間だけ、彼は刃物を握る。それ以降の時間は、木を見て、触って、動かして過ごす。効率を問うと、彼は少し考えてから答えた。急いで削った木は、あとで必ず動く。狂いという形で、木は帳尻を合わせにくるのだと。
朝の三時間だけ、彼は刃物を握る。急いで削った木は、あとで必ず動く。狂いという形で、木は帳尻を合わせにくるのだと。
知り合いになる、という言い方に驚いて聞き返すと、彼は棚の板を一枚下ろして、木口を指でなぞってみせた。年輪の詰まり方、節の位置、乾きの癖。三年のあいだに何度も向きを変え、重ねを組み替え、その板の「性格」を覚えていくのだという。
三年のあいだに何度も向きを変え、重ねを組み替え、その板の「性格」を覚えていくのだという。
帰りぎわ、十年待ちの予約リストについて尋ねると、彼は申し訳なさそうに、でも少しだけ誇らしそうに言った。「待ってもらう時間も、たぶん家具の一部なんです」。速さを手放した人の言葉は、静かで、揺るがない。
「待ってもらう時間も、たぶん家具の一部なんです」。速さを手放した人の言葉は、静かで、揺るがない。
待つことは、止まることではなかった。三年の乾燥は、木と知り合いになる時間だった。そしてもうひとつ。速さを手放すことは、品質の話である前に、相手(それが木でも)への敬意の話なのだと思う。急がされる日々の中で、自分は何と知り合いになろうとしているだろうか。
待つことは、止まることではなかった。速さを手放すことは、品質の話である前に、相手への敬意の話なのだと思う。急がされる日々の中で、自分は何と知り合いになろうとしているだろうか。